ハイキング

復路編10月20日∼11月2日エベレスト街道@ネパール

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エベレスト街道を歩いた記録の後編、復路編。

2025年10月18日に成田を発ち、11月8日に帰国するまでの22日間のネパール山行。

10月20日から11月2日までの14日間、エベレスト街道を歩いた記録。

 

 

カトマンズからルクラに飛び、そこから先は一切の車が入れないので、途中に住む村人もトレッカーも、歩くか、馬に乗るか、ヘリで飛ぶしか手段がない。ワタクシたちの目的地はエベレストベースキャンプ(EBC)だ。

メンバーは、男性リーダーMさん、Kさん、Hさん。女性はYさん、ワタクシの5人だ。そこに、シェルパとサブシェルパとポーター3人が付いてくれて、10人のパーティーとなった。

 

前半の往路編はこちら

 

★10月27日(8日目)

ヘリポートにヘリが2機

前日、チュクン(4730m)までの高所順応途中で、発熱と咳の為にロッジに戻ったワタクシ。解熱剤を飲んで寝たけど、症状は改善されていなかった。

朝、ロッジの窓からはヘリポートに離着陸するレスキューヘリが何機も見えた。あそこ迄歩くのも大変だなと思いながら、この先もっと過酷になっていくだろうところに、体調を崩した状態で行ったら他のメンバーを巻き込むかもしれない。メンバーは、22日間という時間と費用を使って参加しているのだ。自分の思いだけで、巻き添えにするわけにはいかなかった。ワタクシは、朝食前にシェルパに撤退をする旨を伝えた。

 

 

メンバーを見送った後、大号泣…

行きたかった! 悔しさとかは一切なく、ただただ心から行きたかった!! 

メンバーを見送った後、涙が込み上げてきた。大人になってから、こんなに大号泣したことはなかった。そんなワタクシを、これから一緒に下山してくれるサブシェルパのニマさんと、ポーターのヌルさんが背中をさすって慰めてくれた。ともに20歳の若者の手が温かかった。

ワタクシの最高高度は4650mほどで終わった。

 

 

メンバーたちのポーターさん

バルさんとアニールさんのふたりのポーターが、メンバーとともにEBCへ行くこととなった。ポーターを見送るというレアな体験をすることとなった。ワタクシは、ニマさんとヌルさんと3人で往路を戻り始めた。

 

 

ワタクシと一緒に行動してくれたポーターさん。
アイドル顔のヌルさんは20歳。

ポーターさんは、通常ワタクシたちがロッジから発った後、スタッフバッグをまとめて背負い追い越していく。ポーターのヌルさんと一緒に歩くという、やはりレアな経験をした。

 

 

ゾッキョが近づいてきた~💦

ロッジに早々に到着。他のトレッカーのスタッフバッグを背負ってきたゾッキョ達。荷を下ろされたら、こちらに近づいてきた。優しい顔だけど、大きいからそれなりの迫力。3人してロッジの中に入った。

 

 

サブガイドのニマさんと、ポーターさんのヌルさんと3人で散歩に出た。

発熱していても、ロッジで寝ていることは許されない。ニマさんが散歩に誘いに来た。ヌルさんも加わって、3人で散歩に出た。こんな小さなことが、なんだかとても楽しかった。

ソマレ泊

 

 

★10月28日(9日目)

雪の中のわんこ

朝、窓の外を見ると真っ白。雪が降ったのだ。さらに上に上がって行ったメンバーたちは大丈夫かなと心配しながら。降る雪を眺めていた。

 

 

体調が悪い癖に、なぜかご機嫌(笑)

ビニールの袋のようなものがポーターさんのレインウエア。同じものを着せてくれようとしたが、レインウエアを持っているので大丈夫と遠慮した。彼らは、なにからなにまでやってくれようとする。靴の紐も結べるし、グローブもひとりで着けられると言っても、至れり尽くせり。

 

 

3人で歩いた時間が一番楽しかった(^^♪

ニマさんは、ワタクシにザックすら背負わせてくれない。そして、発熱していることすら忘れさせてくれるエネルギー!!

 

 

雪だるまを作って大はしゃぎのサブシェルパ

ニマさんは、雪合戦を仕掛けてきたけど、それは勘弁と遠慮させてもらった。すれ違うトレッカーの中で、ノリの良さそうな人を見つけて雪合戦していた。白人の男性とのファイトは見ものだった。彼が作った雪だるまは両腕を上げたファイトポーズだった(笑)

楽しい時間だった。まるで、メンバーから離れて下山するワタクシに、神様がくれた特別な時間のようだった。

 

 

荷下ろし中のゾッキョ

早々にロッジに到着。まだ、横になれる標高ではない。部屋にいて片付けものをしているとニマさんが心配して呼びに来るので、ずっとサロンで外を眺めたり本を読んだりしていた。

ゾッキョ達の背には重い荷物が載せられているのは、ゾッキョ使いのおじさんの様子で分かった。荷を下ろしたり、載せたりするのは結構時間がかかって大変な作業だと思えた。

この日、天候不良でヘリが墜落したようで、この後数日間飛ばなかった。

デボチェ泊

 

 

★10月29日(10日目)

サルオガセが下がる登山道

メンバーと別れた日は晴れていたが、翌日は雪、3日目は雨だった。雨は動物たちのフンの埃が舞わなくて喉が楽だ。しかし、天候が悪くて風景は残念だけど、往路はずっと快晴だったことは幸いだったと思う。

でも、朝ポーターのヌルさんが靴紐を結んでくれようとしたが、自分でできると言ったら、「Tさんのヘルプが出来て幸せ。」と言ってくれた。たまたま、ヌルさんのレインカバーが引っかかっていたので、かける手伝いをした。この後、ヌルさんはひとり先に進み、ワタクシのスタッフバッグをロッジに下ろすと、その足でメンバーと合流すべく戻って行ったようだ。

ニマさんとふたりなので、時折ポーター道を歩いた。ポーター道は、エベレスト街道をショートカットする急で狭くて荒れた道。日本の登山道に慣れているので、ニマさんの心配をよそに滑ることもなく順調に歩けた。

 

 

乾燥させた動物のフンを燃料に。

ロッジは、往路の3日目に泊まったところと同じだった。ロッジのおじさんがストーブに火を入れてくれた。とにかく、断熱がイマイチなので、寒いのだ。ここまでくると横になっても良いとシェルパに聞いてきた。下山し始めて、3日目でようやく行動が自由になった(笑)

ニマさんがガールフレンドとビデオ通話。そばを通った時、ニマさんに声を掛けられてビデオ通話に乱入。写真で見るより愛らしいガールフレンドさんだった。

キャンヅマ泊

 

 

★10月30日(11日目)

チベット犬

キャンヅマのロッジでは、2日間停滞するように言われていた。それならば、ホテルエベレストビューに行ってみたいとニマさんにリクエスト。雨でも行くのか?と聞かれたので、他のプランはあるのか聞いたらないというので行くことにした。

ロッジのわんこに見送られて出発!

 

 

ホテルエベレストビューへ

2014年のネパール地震の時に、ここがたまたま空いていたので泊まれたというメンバーが、今回2名参加していた。ワタクシも、一度は訪れてみたかった。

 

 

ホテルエベレストビューでお茶

ブラックティーをいただいた。

ホテルエベレストビューからの復路、クムジュンの街に寄ってランチをした。ここで、たまたま岩崎勉さんと出会って、小1時間話をした。彼は、2週間ほど日本人と会わなかったと言っていた。EBCを往復するレースに出場していたが、天候が悪くて中止になったそうだ。この後、岩崎さんとは2回ばったり会うこととなった。

ニマさんは、日本の歌も好きみたい。ロッジに戻る途中、「愛してるってどういう意味?」って聞かれたので、「I love youよ♡」というと、「OH!」とはにかんでした。

夕方、疲れ果てた様子でメンバーたちがロッジに入ってきた。苛酷だったことがうかがえた。無事に全員集合し、久しぶりに食事をシェアしていただいた。

シェルパのペマさんは、「Tさん、行かなくて良かったよ。雪で何も見えなかったよ。」と言った。雪の為、カラパタールへは行けず、EBCも近くまでしか行けなかったという。残念!

キャンヅマ泊

 

 

★10月31日(12日目)

ロッジの前を通って上がっていくネパール兵

この日も雨は止まなかった。シェルパは、こんなことは初めてだと言っていた。異常気象なのだと思う。そんな中、天候が悪くて下山できないトレッカーを救助するために、ネパール兵が上がって行った。1500人ほど、動けないでいたようだ。

 

 

全員揃ってスタート。
ロッジのわんこが見送ってくれた。

ロッジには3~4匹のわんこがいて、その中の1匹がしばらく一緒に歩いて見送ってくれた。

 

記念撮影。
カメラマンはKさん。

久しぶりに全員揃って記念撮影。

 

 

傘をさすポーターさん

雨だとポーターさんたちも大変そうだ。このポーターさんは、傘をうまく固定してさしていた。

 

 

ナムチェでかつ丼
久しぶりの日本食に生き返る!

ナムチェに着いたら、「ともだち」でかつ丼をいただきたいとリクエストしておいた。ニマさんが先に行って、注文しておいてくれた。お店の方は、湯沢や苗場のスキー場で働いたことがあると言っていた。久しぶりの日本の味。ボリュームたっぷりだが、全員完食!

「ともだち」のそばに、シェルパペマさんの弟さんの店がある。弟さんは今では店を営んでいるが、元会長でダウラギリで眠る河野千鶴子さんをエベレストに導いたシェルパだ。店は、往路でも寄ったが、復路でも寄った。ポーターのヌルさんが装備を置きに来ていたので、オレオを買ってお渡ししたら、後ほどポーターさん3人ででシェアしてくれたようだ。素敵な仲間だ(^^♪

 

 

ヒラリー橋まで下りてきた。古い下の橋からのバンジージャンプは、禁止となったらしい。

 

 

登山道の上から馬に見下ろされていた。
馬は前髪ぱっつん

なぜかネパールの馬の前髪は濃い(笑)

 

 

ティータイムには、ジンジャーハニーレモンティーをリクエストすることが多かった。
帰国後も作って飲んでいる。

さわやかで身体が温まるジンジャーハニーレモンティー。食事の時にはブラックティーがワタクシのお決まりだった。

モンジュ泊

 

 

★11月1日(13日目)

雨続きで水量が増した滝

雨は降り続いていた。でも、動物のフンの埃がないのは幸い。

 

 

ジンジャーハニーレモンティーは、ロッジによって色々。

濡れた身体で、テーブルにつくのが申し訳ないくらいきれいなロッジだった。

 

 

ランチはトッパが多かった。

肉類は、基本チキン。高所では肉はNGと言われ、ベジばかりだった。肉が安心していただける高度にほっとする。しかし、時々に熱発を繰り返す。

 

 

お寺の中。
中央の白いのはヤクの毛。

ロッジに到着し、上のお寺を見学。2014年にはお坊さんがいたのにと、再訪のメンバー2人が淋しそうだった。

この後、ロッジの別棟でお茶をしようと道を渡る時、往路で出会ったソロの日本人男性に再会した。彼は、ゴーキョピークを目指したが、雪に阻まれて撤退してきたという。少し下のロッジに泊まろうとしていた。しばらく話をした。彼はガイドも付けず、ずっとひとり。久しぶりの日本語の会話だったのだと思う。

 

 

どぶろく。
ヒエで作ってあるとのことで、奥の紺色の甕に入っていた。

この日、ロッジではパーティーがあるからうるさいかもしれないと言われた。他のロッジへ移動する提案もされたが、全員「珍しい経験」を期待してこのロッジに泊まることを選んだ。

どぶろくをご馳走になった。度数もわからないので、味見だけさせてもらったが、酸味が強いさわやかな味だった。村の女性たちは、たくさん飲んでいた。

 

 

村の女性たちの歌と踊り

村の女性たちがどんどん集まってきて、18時少し前頃から歌が始まった。そして、踊り出した。やがて、ワタクシたちにも輪に入るように誘われた。踊りはよくわからないので、ただただ身体を動かした。

 

 

学校のスポンサーさん
フランス人で、もう十数回訪れていて、この日は彼の誕生日だそうだ。

フランス人のスポンサー男性は、この後顔中にケーキを塗られていた。ワタクシの口にもケーキが運ばれた。ケーキはジンジャー味。甘すぎなくておいしいけど、お腹がいっぱい。

パーティーは22時迄と言っていたが、21時45分頃にピタッと終了して静かになった。

ガート泊

 

 

★11月2日(14日目)

コンデピーク

朝、ロッジの窓から見えた赤く染まらなかったコンデピーク。ようやく晴れた。5日間も雪と雨だった。天候は安定する秋なのに…

 

 

クスムカングル(6367m)
山野井泰史さんが登った山。

お天気が良いと、山々も輝いて見える。レスキューヘリの音が戻ってきた。上部で体調を崩した人は、酸素も無くなって大変だったと思う。レスキューヘリの音を、ホッとした気持ちで聞くとは思わなかった。

 

 

マニ石

マニ石は左側通行。お経が書かれている。マニ車は時計回りに回す。1回回すとお経を読んだことになる。

 

 

橋の前の大渋滞が解消されて、橋を渡って行くトレッカーたち。

橋の手前で、ラバ隊の待ちのたくさんのトレッカーが停滞していた。嫌々階段を降りて行くラバたちの列が切れて、やっと、待っていたトレッカーが橋を渡りだした。ワタクシたちも渡り終わると、ラバがたくさん待っていた。働く動物優先だが、シェルパやポーターがうまくコントロールするようだ。

 

 

大きなチベット犬
いつの間にか横に来て座っていた。
自撮りもさせてくれた❤

黒いわんこは暑そうに日影にいたが、ワタクシが階段に座っていたら横にやってきて座った。目の前にはパタパタしっぽを振る茶色いわんこもいた。茶色のわんこはレトリバーサイズ。黒いわんこはもっと大きかった! 狂犬病を持っているかもしれないので触らないようにとネットに書いてあったので、顔をうずめるのは我慢した。

 

 

シェルパのペマさんとサブシェルパのニマさん。ニマさんはシェルパの次男さんで大学生。

ふたりは親子。長男さんはIT系だとのこと。ニマさんは、お祭りのお休み中にサブシェルパを務めていた。ペマさんは「学費を稼いでもらわないと。」と言っていた。ニマさんは、日本語を学ぶ気はなさそうだけど、気が変わってくれたらいいなと思った。

 

 

ワタクシのザックにはタルチョ。
風に乗って祈りと感謝を送る。

エベレスト街道を歩く間も、帰って来てからのハイキングも、ずっとタルチョを付けている。

 

 

最後の橋にカダを結んできた。
無事に終えられそうだ。
ありがとう。。。

カトマンズの空港で、シェルパのペマさんが迎えてくれた時にいただいたカダを、感謝を込めて結んできた。

 

 

ルクラの街に戻ってきた!
わんこはどこにでも落ちている。

 

 

エベレスト街道のわんこは平和だ。

短いメイン道路を行ったり来たりして買い物をした。

ポーターさんは、きっとたくさんのお給料をいただいたことだろう。みなさん遠くに住んでいるという。きっと、ルクラの街でたくさん買い物をして、お土産をたくさん持って帰宅するのだろう。そんな彼らと何度かすれ違った。その度に、「Tさ~~ん!」というヌルさんの声が聞こえた。

ポーターさんたちと最後のお別れ…ヌルさんと握手した時に、感謝を込めてチップを忍ばせた。ヌルさんが「信じられない。」という表情をした。ありがとう。あなたのおかげで、楽しい下山だった。

 

 

ルクラからマンタリに向かう。
これが最後の関門。

ルクラ(2860m)のテンジンヒラリー空港からは、もう何日も飛行機が飛ばなかったようだ。ありえないくらい混んだ空港で、ニマさんとお別れ。ニマさんのホスピタリティは素晴らしかった。握手でそっとチップを…

朝から何時間も待って、昼頃ようやく乗れた。その後、また飛ばなくなったようだ。

 

 

マンタリ標高500m
最後の関門突破!!!!!

マンタリに無事に着陸。一気に気温が変わった。この後、7時間かけて陸路カトマンズへ。長い移動の1日だった。

無事にエベレスト街道トレッキングが終了した。

カトマンズでは、目覚めた時から毎日聞いていたヤクやゾッキョのカウベルの音がなくなって、なんとも淋しい気持ちだった。カウベルの音は、ワタクシにとっても癒しだった。日本に帰って来てからもしばらくは、そんな気持ちが続いた。

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